養殖真珠を発明したのは誰か?その1
養殖真珠を発明したのは誰か?
(かなり込み入った話になるので、避けてきましたが。面白い時事ネタもないので。)
中国人なら、「私たち中国人」と言うでしょう。
というのは、(ウィキペディア「御木本幸吉」のページから引用)
外国での養殖例
中国で実際行われた方法は1167年に公刊された文昌雑録巻第一にその記述がある。
仏像真珠(胡州珍珠)と称されて、中国浙江省で養殖され続けてきたものだ。人工で作った珠を貝の中に入れるという方法で、貝付き真珠、一種の半円真珠である 。 この仏像真珠に関しては中国に滞在したキリスト教の神父B.E.X.Entrecollesが1734年にフランス本国に報告している。また、英国人のD.T.MacGowan1853年はこの方法を詳しくロンドンのLondon Society of Artに報告している。これらの報告により欧州では多数の人々が研究実験を行った。
実際の文昌雑録に載せられたのは1082年の記事らしく、これが改良されて、中国浙江省で真珠養殖が続いてきたわけです。
今でも浙江省は淡水真珠の一大産地です。
で、中国の杭州で真珠養殖をみてきたD.T.MacGowan氏が報告した、その詳しい内容とは
「真珠母貝で作った、丸い珠、楠の種子の汁で練り固めた泥の丸い玉、薄い鉛製の仏像を核として竹製または真珠母貝で作ったへらで貝の口を静かに開き針金で貝の外套膜を注意深く貝殻から離し、核を竹製のピンセットで挟んでその間に挿入する。(以下略)」
原文はwww.karipearls.com/chinese-pearls.htmlに紹介されてます。画像もここから。thanks kari pearl!
さて、ここで御木本幸吉がアコヤの半円真珠に成功して、特許を取った文面を参考までにあげておきます。
明治29年は西暦1896年です。
「真珠と甚だしく等差のない物質、例えば貝殻、硝子、陶磁器または下等の真珠を球形の小粒と成したるものを核となし、これを球のまま、または一部切り落としを設けてその転動することを防ぐようにし食塩にて振揺するか又は濃厚な食塩水に浸したあと、生活せる貝の外套膜に接して挿入し、この核に真珠質を被着せしめ真珠を形成せしむるにあり」
特許第2970号 明治29年1月27日 明治27年11月出願
この特許をめぐって・・・・という話ではなく技術的な面から誰が発明したのかという話をつづけたいと思います。
続きは次回・・・・・。
同文をパールミュージックブログ にも投稿しております。
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