
ペルシアの真珠採り(パールダイバー)産業を壊滅させたのは日本の養殖真珠だったのか?いや濡れ衣だ。
前回、日本の海女さんの話を書いたのだけど、8月3日にこういう真珠採りのニュースがあった。
昔ながらのアラビアの真珠採り。真珠採りのダイバーはシーズンになると沖合まで船を出し、湾内の真珠貝の豊富な場所を巡りながら、数か月操業を続ける。ノーズクリップをしただけで素潜りをし真珠貝を採取するわけだ。採取後にナイフで貝を開けて真珠を探すのである。
【8月3日 AFP】クウェートの首都クウェート市(Kuwait City)から約100キロメートル南に位置する港町カイラン(Khairan)では真珠採りのシーズンを迎え、ダイバーたちが昔ながらのダウ船を使って真珠貝を採取する姿が見られた。
ダウ船使った昔ながらの真珠採り、シーズン迎える クウェートクウェートの真珠採りイベント
http://www.afpbb.com
1930年ごろまで世界最大の天然真珠生産地はペルシャ湾だった。真珠はクウェート、バハレーン、カタールの主幹産業だったわけである。ちなみに真珠が取れる貝は日本のアコヤガイの類縁種だ。

http://www.vam.ac.uk/content/exhibitions/exhibition-pearls/about-the-exhibition/
海に潜って真珠を取る真珠採りは、もっとも男性的な仕事とされ尊敬を集めていたという。
(潜水の仕事で女性が潜るのは日本の海女だけらしい。)
クウェートのこのイベントは、真珠採り全盛期当時のように、若者が真珠採りの船に乗って一週間過ごすというものだ。全盛期の真珠採りダイバーは数か月も船の上で過ごしたというから簡素化されたイベントではあるが、KUWAIT TIMEの記事によれば「家族は帰港した若者を国と地域の誇りとして出迎えた」というから尊敬を集める職業だったというのは本当だろう。
KUWAIT: Wearing traditional costumes, the 193 young men who spent a week at sea as part of Kuwait’s annual pearl diving festival returned to their families yesterday. The pearl divers arrived in 13 ships, during a celebration known as Al Qafal (arrival of the divers with sea treasures) which marks the end of the four-month long traditional pearl diving season in Kuwait. Families of the divers welcomed their sons, in a sign of national and local pride.
@SKUWAIT TIME Pearl divers mark end of season – Annual heritage expedition comes to a close
アラビアの真珠採り産業が消えていったのは何故か?

BBCのサイトThe pearl fishers of Arabiaには、「日本の養殖真珠の流入がアラビアの労働集約型の真珠採りダイバーを失職させた」と書かれている。
Since the 1920s Japanese cultured (artificially produced) pearls had flooded the world market, their cheapness and abundance fatally undercutting Arabia's labour-intensive harvesting of natural pearls from the oyster banks beneath the warm waters of the Gulf.
1920年代にヨーロッパで御木本真珠が売っている真珠(養殖真珠)は偽物だという排斥運動が起きたように、この頃から日本の養殖真珠が世界市場に入ってきた事。そして1930年代のアラビアの天然真珠産業が衰退していく。だから、時系列で並べれば日本の養殖真珠のせいと言われてしまうのだろう。日本のオリジナルな産業が世界に影響を与えたというのも面白い。(乱獲により湾の真珠貝が枯渇しはじめたという説もあるのだが、これに関してはデータがみつからない。)
「 真珠の世界史(中公新書)」p203によれば
(英仏の真珠業者による養殖真珠排斥運動の)当時ペルシア湾の真珠の生産は年平均4000万~5000万個だったが、日本の養殖真珠の輸出は記録にある1926年でわずか67万個、全体の1~2%である。
とある。当時は、日本養殖真珠は、天然真珠の脅威となる量ではなかったはずだ。(ただし1928年には178万個と急増する。1938年には1088万個) 1925年2月の宝石類価格表(久米武夫宝石学昭和28年-孫引き)をみると
- 20 grain(約9ミリ)の天然真珠20400USD
- 1カラットのエメラルド6000USD
- 1カラットのルビー4500USD
- 1カラットのダイヤモンド(緑色)7000USD
となっている。まだ天然真珠は途方もない高価格のままだった。もちろんアメリカは「狂騒の20年代」といわれるバブル真っただ中。ダイヤよりも高くなった天然真珠もバブルの象徴だったのか。
フィッツジェラルドの名作「華麗なるギャッビー」に出てくるようなアメリカの大金持ちが天然真珠を買ったのだろう。ちなみに「華麗なるギャッビー」のヒロインのディジーが結婚式前に買ってもらった真珠ネックレスは35万USDとなっている。舞台設定は1922年である。
ニューヨーク株式取引所の大暴落、暗黒の木曜日は1929年10月24日。世界恐慌のはじまりだ。天然真珠価格が暴落するのが1930年である。
ローゼンタールの「パール・ハンター」によると、1930年のある日、フランスの銀行が、養殖真珠の普及のため、天然真珠のディーラーたちにはこれ以降、信用供与を与えないし、手形も割り引かないと宣言した。その日の夕方、天然真珠の価格は85パーセント下落した。
「真珠の世界史(中公新書)」p205
*ローゼンタール フランスの大物真珠ディーラー。「パール・ハンター」は彼の自叙伝。
ヤーギンの「石油の世紀」という本に、クウェートの基幹産業であった天然真珠輸出が日本の養殖真珠の登場で壊滅的になり、石油採鉱に乗り出すきっかけになったと書かれているらしいが、養殖真珠犯人説。これは濡れ衣である。
養殖真珠の登場によって天然真珠の価格が下がっていくのは避けられないことだったろう。だが直接の原因は銀行だった。フランスの銀行が日本の養殖真珠のせいにして融資をストップし、1930年に天然真珠のマーケットを突然死させたのである。買い手不在になって、真珠産業に依存していたクウェートの経済はどん底に向かう。
バハレーンで石油が発見され石油収入が入りだすのが1934年。 クウェートとカタールの石油採掘はもう少し後になる。
参考
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